2011年6月10日金曜日

原点・・・



 焼け野が原に立ちすくみ、ぐっとこぶしを握りしめ、明日に向かって立ち上がることから今日の日本は始まった。僕らの父や祖父の世代は「出稼ぎ」で復興を支えた。「東京タワーはオイが作ったとバイ」「高速道路はオイが作ったとバイ」そんな鳶やドカタのオンちゃんの話を、大ボラと土産話の中間ぐらいの信憑性で、子供の頃、聞いたような記憶がある。「長距離トラックは座席の後ろで寝られるごとなっとって、そいで、東京まで荷物を運びよった」、そんな話には何となく胸がわくわくした。
 労宿と化した高級旅館「一の坊」、仮設住宅の現場、そこにはニッカボッカ姿の職人が闊歩する。それぞれにカスタマイズされた腰ベルトに生活のすべての、生きるすべての道具が整然とセットされている。実に美しい。佐門豊作のバットよりも重い、西部劇のガンマンよりもカッコイイ。
 同級生のシゲちゃんにも今回の東北支援隊に「電設の職人」として同行してもらった。普段は帽子を普通にかぶりちょっとスローモーな酒飲みのオヤジではあるが、その帽子のツバを後ろに回し、腰に道具セッティングベルトを回すとスイッチオン、かっこは悪いが、存在感十分の職人に代わる。職人には上がり酒。一日目の仕事が終わり、セブンイレブンで酒を買った。部屋で飲み始めると少しずつ酔いがまわり、普段、現場でも家の中でもかぶっているという帽子のツバをぐるりと後ろに回す。スイッチオンである。
 「あら、シゲちゃん、焼酎じゃなかたい、そのパック、清酒って書いてあるバイ、労働者の上がり酒は焼酎やろ」
「イヤァ~、オイ、焼酎、駄目っちゃん、ばってん、こい、いっちょ、600円」
「2つ、1升で1200円か、焼酎並み、ま、よかか」と妙に納得し、僕は発泡酒を飲んだのだが、紙コップに注いだそれは泡があまり立たない。するめ、サバカン、出稼ぎのオンちゃんたちも、故郷に仕送りをした後のなけなしの金で、こんな日々を過ごしたのだろう。
 600円のパック酒を途中、冷蔵庫で冷やし、それを取り出して「冷酒は、うまか」と飲むシゲちゃん。みんなが寝静まったその夜、シゲちゃんは何やらぶつぶつ言いながら押入れのふすまを開け、それが自分に倒れ覆いかぶさり、ふすまと格闘し、トイレで用を足し、部屋を出て行った。部屋から数メートル先の自動販売機コーナーで一夜を明かしたようだ。ふすまとの格闘シーン、ぶつぶつ言いながらトイレで用をたす姿、なぜか自動販売機の前で寝ている場面、それぞれが目撃されていた。朝起きて、布団で寝ているシゲちゃんの横にはずされたふすまが、横にして立てかけてあるのを発見した僕は、「ふすま、何、それ」と尋ねた。「そう言えばシゲちゃん、ふすまと争いよったね」と水道職人麓さんが言い、戦場カメラマンの僕が関係者に取材を重ね、以上のような武勇伝の全容が明らかになった。
 電設の職人は伝説の職人になりつつある。気が向けば、第2号を著したい。

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